皆様こんにちは。現在、滋賀県を拠点に芸術活動をしている松元悠と申します。
今回は、7月2日から11月16日にかけて行われた「一日限りのBIWAKOアーティスト・イン・レジデンス事業」の取り組み、その後についてふり返っていきたいと思います。
アーティスト・イン・レジデンスとは、作家が所定の場所に滞在し、作品の制作やリサーチなどの芸術活動を行なうことを指します。今回、作家が滞在する場所は、その名の通り「琵琶湖」の上。そして、琵琶湖の上を案内してくれるのが共同企画者である琵琶湖漁師の駒井健也(こまい・たつや)さんです。この企画に、6組7名の作家がご参加くだいました。
1. 企画概要
本ワークショップは、芸術活動をしている方を対象に開催しました。
2022年7月2日に参加者全員が琵琶湖のエリ漁を経験し、湖魚を味わい、琵琶湖に関する作品例に触れて、作品の構想を練りました。そして8月20日には、制作された作品をお一人ずつ発表いただき、芸術関係、漁業関係者など多様なゲストからコメントをいただきました。
レジデンスのスケジュールは以下の通りです。
漁師体験
開催日時|7月2日(土)10:00-16:00
場 所|和邇漁港〜琵琶湖上、蓬莱の家
当日の流れ|
- 和邇漁港集合・解説
- 駒井さんの案内で漁体験
- 松元さんの作品鑑賞と制作過程のお話
- 昼食(蓬莱の家屋外スペース)
- 各自絵コンテ作成のためのフィールドワーク
- 絵コンテ発表
漁師体験の記録動画(約8分/YouTube)|
(作成:特定非営利活動法人 碧いびわ湖 村上悟)
オンライン作品発表会
開催日時|2022年8月20日(土)19:30-
進 行|松元悠(美術家・版画家、京都市立芸術大学非常勤講師)
当日の流れ|
- あいさつ・自己紹介
- 漁師体験の振り返り
- 作品発表(5分発表・5分コメント)
- 振り返り(全員から一言ずつコメント)
作品発表者
- 黒木一輝さん
- 武雄文子さん
- 中森碧さん
- 玉岡千尋さん
- 仲西えりさん
- 福井しまラッケルさん
ゲスト|
- 荒井 保洋さん(滋賀県立美術館学芸員)
- 川瀬 明日望さん(琵琶湖とタパス、湖魚の料理人、デザイナー)
- 小林 匡哉さん(滋賀県琵琶湖保全再生課)
- 紺野 優希さん(美術批評・企画者)
- 佐伯 安王さん(漁師見習い、音楽アーティスト)
- 佐藤 祐一さん(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)
- 曽我部 共生さん(滋賀県琵琶湖保全再生課)
- 田村 志帆さん(漁師見習い学生、淡水魚のイラストレーター)
- 辻 仁美さん(近江八幡市企画課)
武雄文子さんの制作過程の動画(約2分/Facebook)|
発表会の記録動画(約2時間30分/YouTube)|
(作成:特定非営利活動法人 碧いびわ湖 村上悟)
主催|マザーレイクゴールズ推進委員会
共催|フィッシャーアーキテクト
協力|志賀町漁業協同組合
運営|特定非営利活動法人 碧いびわ湖
エリ漁とは?
琵琶湖は古代湖であり、その歴史からさまざまな伝統漁法が誕生しました。
その一つが、小型定置網漁業である「魞(えり)」です。魚が障害物に当たって泳ぐ習性を利用し、湖岸から沖合に向かって矢印型に網が設置されます。網に沿って魚が泳いでいくと、「つぼ」というところに魚が入りこんで逃げられなくなり、そこの網を手でたぐって、中で泳ぐ魚を「タモ」という網ですくい取ります。必要な量だけを捕獲できる持続可能な漁法で、琵琶湖では1000 年以上前から続いています。
エリのように、漁師が琵琶湖と共に生きるために培ってきた知識や技術が、その地域の景色、日常となって息づいてきました。
2. きっかけ
そもそも、なぜこのような企画をすることになったのか、
私が漁師である駒井健也さんの元を訪ねた日は、ちょうど1年前の2021年7月2日でした。
訪れた理由は2つありました。1つ目に、ニュースで琵琶湖の全層循環が2年間連続で発生しなかった異常事態を知り、実際のところ漁業にどのような悪影響があるかを伺ってみたかったこと。2つ目に、自身が交わることのない漁業の現場を、純粋に拝見したかったことです。
午前4時に漁港を出て、エリの設置場所(ツボ)に向かいました。どこまでも広がる暗闇と、水を押し上げながら進む船の音はとても恐ろしいものでしたが、暗闇でも感じる湖魚の勢いと、一心に魚を採る駒井さんの姿は忘れられない体験となりました。朝日が昇る頃には、私自身もずぶ濡れになり、エリに入っていた小さな鮒(フナ)を手づかみし、ひたすら湖へ帰す作業をしていました。
琵琶湖では、持続可能な漁業のため 、対象魚別の漁獲規制を行なっています。人には琵琶湖を守る責任があることを、漁を体験することで知りました。
駒井さんは、独立してまもなく漁師体験としてさまざまな人を受け入れ、琵琶湖漁を伝える案内人のような役割を担っておられます。自身の体験からエリの継承に活かせることがないだろうか、また、体験する側がもう少し踏み込んで琵琶湖について考えることができる経験を作ることは出来ないだろうか、そのような思いから「一日限りのアーティスト・イン・レジデンス」を開催する運びとなりました。
余談ですがすっかり伝統漁法に魅了された私は、他の地域でも漁の見学させてもらったりしました。
3. レジデンスレポ1〜漁師体験〜
前置きが長くなりましたが、レジデンスをふり返っていきたいと思います。
2022年7月2日の10時。参加者の皆さんが和邇漁港へと集まってきました。
絵画教室を運営している方や、版画や建築を学ぶ学生の方、水を題材に制作活動をされている方など・・さまざまな方にお集まりいただきました。
駒井さんの船に乗ってエリの場所に向かい、さっそく漁体験がスタートしました!
まずは湖上で実物を見ながらエリの構造を解説します。
その後、小船に乗り移って錘を上げたり、魚を掬ったり、魚を仕分けたり、一連の漁を体験しました。
ほとんど手作業で行われる伝統漁法の在り方、湖底から錘を上げる重量感や、魚の跳ねる姿、コアユなど豊富な湖魚資源の数々に、みなさん大興奮で接していただけたように思います。
お昼ご飯は『蓬莱の家共同作業所』に行き、みんなで採った魚を食べました。コアユやワカザギの味の違いを感じてもらったり、ブラックバスもフィッシュ&チップスにして味わってみたりしました。
昼食後は自作品を通して、漁師体験から制作に至るまでの一例をお話ししました。
後半は、各自でフィールドワークを行いました。最後に作品の構想を発表しあって、漁師体験は無事に終了しました。
「一日限りの BIWAKO アーティスト・イン・レジデンス」ということで、体験自体は1日のみでしたが、参加者たちはその後も琵琶湖を訪れました。紀行絵を描くために数日間滞在した方や、建築の視点からエリの構造を確かめるべく再度漁を行った方、現場の風景を塩ビ板に直接描きこむ方など、それぞれの制作が進んでいきました。
4. レジデンスレポ2〜オンライン発表会〜
漁師体験から1ヶ月ほど経ち、8月20日19時30分から、オンラインにて発表会が行われました。当日は、ゲストとして美術関係者、漁業関係者の方にお集まりいただきました。
自己紹介と漁師体験のふりかえりをして、さっそく参加者の発表がはじまりました。例えば中森さんの作品には、船に乗ったときに水面から見えた植物が描かれています。「一体何メートルあるんだろう。」と、水上からは予想できない存在に心惹かれたといいます。発表中、中森さんから滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの佐藤祐一さんに質問があり、佐藤さんからは、「水草は4〜5mほどある場合もあるが、水面から見える部分だけでエネルギーある表現を描かれていて驚いた」という返答をもらうなど、ジャンルを越えてゲストと参加者が作品について話す姿が印象的でした。
以上で、このレジデンス事業は終了を予定しておりました。
、、が、参加者の作品を拝見し、企画者としてはやはり実物を発表する機会を作りたいという思いがありました。オンライン発表後、ゲスト、そして参加者から「実物を見てもらう機会があった方がいいのではないか」という声があり、嬉しさが込み上げてきました。
5. 作家有志による展覧会企画「漁師と芸術家 ~琵琶湖を読む、琵琶湖を問う~」
展覧会は、和邇漁港から徒歩10分ほどに位置する和邇図書館で開催できることになりました。
8月から10月にかけて、作家有志が主体となり月に一度の話し合い、展示計画が進んでいきました。話し合いの中で、「レジデンスによって自分たちは何が変わったか」という話題になり、そこから「漁師と芸術家〜琵琶湖を問う、琵琶湖を読む〜」という展覧会タイトルが生まれました。漁師は芸術家を通して琵琶湖を問い直すきっかけとなり、芸術家は漁師を通して琵琶湖の発するメッセージを感じとる。それぞれの視点が混じり合う様がタイトルとなっています。
展覧会ビジュアルは参加者の一人である玉岡さんが作成してくださいました。
また、作家によるワークショップも計画されました。「琵琶湖の似顔絵屋さん」「陶器のお魚色つけ体験」など、ご自身の作品発表だけでなく展覧会を通して来場者にどのように伝えるか、試行錯誤され準備が進んでいきました。
10月29日と30日に展示作業も終えて、いよいよ展覧会が始まります!
展覧会「漁師と芸術家 ~琵琶湖を読む、琵琶湖を問う~ 」
展覧会期間|11月2日~11月15日(火曜~土曜:10時~18時・日曜:10時~17時)
(展覧会CLOSE:11月7,9,12,13,14日)
出展作家によるイベント開催日|11月3日(木・祝)10時~15時
場所|和邇図書館2階(〒520-0528 大津市和邇高城25)
入場料|無料
出展作家|
- 玉岡千尋
- 中森碧
- 仲西えり
- 武雄文子
- 黒木一輝(MLGsWS「一日限りのBIWAKOアーティスト・イン・レジデンス」参加者有志)
主催|マザーレイクゴールズ推進委員会
運営|フィッシャーアーキテクト、松元悠(美術家・版画家)、作家有志
結論から申しますと、地元の方、漁師、大学の先生、芸術家、美術関係者、MLGs関係者などなど、合計150名程にお越しいただきました。
また、11月3日に開催されたワークショップも大好評で、約40名の方が参加しました。
来場者の方に、さまざまな感想もいただきました。
“みんなが知っている同じびわ湖という題材で、これだけいろいろな表現方法があることに感銘をうけました。(アンケートから)”
“琵琶湖を、生きていく為食べる為戦場としている漁師さんと感性で表現しているアーティストさんのコラボ、最初はとってつけた企画に見えてました、しかしアートの方達の発信が駒井さんの気持に変化を与えてくれたのでは?これもありかと思いました。距離が縮まりましたね、地位とかプライドとか関係なく、距離を縮められた人が多いほど大きな人間になれると思います。(駒井さんの知人)”
“現地開催であることで湖内外のつながりが色々なスタイルで感じられてよかった(アンケートから)”
メディアにも掲載いただきました。地元(和邇)の方々が「新聞を見たよ」と言ってお越しくださりました。和邇図書館の方々にも大変協力をいただき、このような場を作ることができました。
今回の展覧会開催を通じて、さまざまな立場の人が交わり、形にしていくことの大切さを改めて実感しています。
最後になりましたが、ここで、私から本展に出展した5名の作品をご紹介したいと思います。
黒木 一輝(くろき かずき)
滋賀県立大学で建築を学ぶ黒木は、湖岸から沖合(山→平地→湖)に向かってまっすぐ建築されたエリを、琵琶湖の生活に現代の人々が入り込むきっかけと考え、エリと湖岸の距離を近づけるために100m の空間を設計しました。
また、本展のタイトルに合わせて下記のように述べています。
“・琵琶湖を読む
私たちは普段、琵琶湖という大きな余白の周縁で暮らしています。琵琶湖は、風・音・光・匂い・温度などを通して無意識のうちに私たちの日常を取り巻いています。それは時に風景として目の前に立ち現れて深い感動を生み出し、時には強風や厳しい寒さによって我々に厳しい自然を教えてくれるものです。余白でありながら存在感のある琵琶湖にどこまで意識的になれるのか。湖国で暮らす私たちにとっては重要な課題であると考えます。
・琵琶湖を問う
私は今回の体験を通して、漁師と琵琶湖の関係について考えさせられました。かつて多くの滋賀の集落でみられた琵琶湖の「中」で暮らすことが今の日常生活では失われている中で、漁師は琵琶湖の「中」で暮らし、琵琶湖の様々な側面を知っています。しかし、琵琶湖の漁師は統計的に減少傾向にあります。琵琶湖の「中」を知り、将来へ伝えていくことは湖国の生活にとって重要なことです。
私は漁師になることで琵琶湖の「中」を伝えることはできないですが、作品を通して、多くの人に琵琶湖の「中」の体験を伝えられることを願います。“
武雄文子(たけお あやこ)
主に銅版画技法を用いて制作する武雄は、日々移り変わる琵琶湖の風景にとって、常に設置されているエリが「指標」としての役割も担っていると定義しました。実際に湖上にでて、自身の目に映る風景の変化をエリを通して捉えながら、その場で何度もドローイングし版画を用いて刷りとりました。
玉岡千尋(たまおか ちひろ)
写真をメインに雑誌を作成した玉岡は、定住できない自身の生活環境の中で、人が本来住みやすい環境、ある場所に帰りたくなる気持ちを、漁を通して実感し、自身の生活にあるさまざまな「自然」の要素を探しました。“都心に存在するビルの隙間に植えられた植栽や、小さな公園といった「自然物を模倣した人工物」は、漁のように直接的ではないが、人が生きていく上で必要不可欠な何かをゆるやかに提示しているのではないだろうか。実生活の中にある様々な「自然」の要素を自分で再解釈し、その“もの”が持つ物語に焦点を当てて作品にした。“と作家はいいます。
仲西えり(なかにし えり)
絵画教室を営む仲西は、何度も漁に訪れる中で感じた自然に入るときの畏怖の感情や、その先の感動を、陶器として作成しました。波の表現は、琵琶湖によって自然発生する波ではなく、自身が乗る船から立つ波の表現であり、漁という人の行いも含めた風景となっています。実感を伴う経験が、生活に、ものづくりに、どのような変化を与えるのか。絵画教室の子どもたちに自らの視点から伝えられることを目的にと、作家自身の人形も作成しました。
中森 碧(なかもり みどり)
琵琶湖に連日滞在した中森は、漁師の生活、水草、湖面など、漁以外の要素をその場で描き納め、銅版画技法で作品にしました。琵琶湖と、それを取り巻く漁業とを、まるで紀行文のように旅人の視点から見つめる表現をとっています。
駒井さんも展示していただきました。エリのツボの部分の再現と、今まで琵琶湖に案内した人々の写真を出展いただき、一気に会場が「漁師と芸術家」の場となりました。
6. おわりに
「漁師」と、「芸術家」という存在は、共に自然・野生のような、予測できないものと常に向き合っていかなければならない存在だと思っています。今回の企画を受け入れ、協力してくださった駒井さんも、そのような未知のものに対して享受する心があるからでは、と勝手に思っています。
自然・野生と対峙しながらも、じっと未来を見据え、互いがそれぞれの活動への姿勢に勇気をもらう。綺麗事ながら、今後ともそんな存在になっていければと思う次第です。
最後になりましたが、ご協力いただきましたMLGsご関係者の皆さま、志賀町漁業協同組合、オンラインゲストの皆さま、和邇図書館、展示にお越しくださった皆さま、レジデンス参加者の皆さまに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
レポート
松元 悠 MATSUMOTO Haruka
版画家、美術家。偶然見聞きしたニュースメディアが報じる出来事を基に、実際の現場に赴いて素材を収集し、一枚のリトグラフとして表す制作方法をとっている。近年の個展に「架空の竜にのって海をこえて幻の島へ」(kara-Sギャラリー 、京都、2021)、「活蟹に蓋」(三菱一号館美術館、東京、2019)、グループ展に「船は岸に辿り着けるのか」(TALION GALLERY 、東京、2021)、 「群馬青年ビエンナーレ2021」(群馬県立現代美術館) など。現在、京都市立芸術大学美術学部版画専攻 非常勤講師。
共同企画者
駒井健也 KOMAI Tatsuya
志賀町漁業協同組合フィッシャ-アーキテクト代表。滋賀県で生まれ育ち、建築という軸から世界を見て周り、淡水ならではの山から琵琶湖までの自然と人との密接な暮らしをしながら食を届け、風景を構築していく漁師という職業に憧れて新規就漁を決意。琵琶湖にて3年の研修を経て独立後、伝統漁法の魞漁という小型定置網の漁法を軸にてコアユを中心とした淡水魚約30種類を生産、販売。